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2004/09/06

カルト警報より

とっど・まっつさん,リンクおよびトラックバックさせてもらいます。

カルト警報: 「カルト警報」の意味・立場

先日もService for Peaceの活動で街頭募金をしている中学生の女の子を詰問し、責任者を呼びつけて自治体に募金の許可を取っていないことを確認した上で、警察に通報した。女の子は泣いていたが、そうした具体的ダメージを与えることは有意義だと思っている。彼女は大変なトラウマを負って半年くらいは活動できないかもしれないし、うまくいけば「二度と活動したくない」と言うかも知れない。それは彼女のためにも社会のためにもとってもいいことだ。

年端もいかない女の子を泣かせるなんて,ひどいことをおお。
つうか,道路交通法という法律に反したことをやってるってことをちゃんと知らせなきゃいかんのですよね。
ただ,とっど・まっつさんが女の子を泣かしただけで終わってたとすると少し問題があります。いや,泣かしたこと自体が問題ではなく(問題か)後でどう指導されるだろうかということなんです。そういう場合,「サタンがどうの」「迫害がどうの」「神側はうたれる」なんとかかんとか。というような指導っていうか,慰めがなされて,結果的に彼女はもっとがんばっちゃう可能性があるのです。

ま。それはそれということで。
とりあえず,世の中にはルールちうもんがあって,サタン世界だからとか堕落人間だからという理由だけで無視することはできない,ということだけは理解してほしいところだす。

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コメント

女の子がもっとがんばっちゃうという可能性は想定していました。ぼくがしたかったのは、その子を「可能性の岐路に立たせる」ということです。そのまま教会の活動に疑問を持って辞める可能性もゼロではない。いずれにせよ、彼女を何らかの自発的選択をしなければならない状況に引きずり込めるかもしれない。まあ単に自分の生活空間で目障りだった、というのもあります(笑)。泣かせたことについては反省もなきにしもあらず、です。

投稿: とっど・まっつ | 2004/09/06 19:57

>いずれにせよ、彼女を何らかの自発的選択をしなければならない状況に引きずり込めるかもしれない。

とっど・まっつさんがやらなかったら,父親である僕がやりましょう。あ,いや,僕の娘はまだ小2なんですけどね。
何のための奉仕活動か,何のために修練会なるものに出るのか。泣くまで詰問したりして(笑)

投稿: iLand | 2004/09/06 20:10

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