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2005/04/07

「極道」先生…意味が違う

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- 産経新聞 - 「極道」先生…意味が違う 都内中学の国語教諭 厳重注意
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「極道」先生…意味が違う 都内中学の国語教諭 厳重注意

学級スローガン 教室に横断幕
 東京都大田区立の中学校で昨年度、三年生の学級担任教諭が教室に「極道」と書いた学級スローガンの横断幕を掲げていたことが六日、明らかになった。教諭は四十歳代で国語担当。個人的な信条の「道をきわめる」という意味で掲げていたというが、辞書によると「極道」は「悪事をすること」などの意味。保護者から「おかしい」と指摘があり、学校側は「教育上、妥当性を欠く」として撤去し、区教委は教諭を厳重注意処分とした。


ちなみに
 【極道】広辞苑によると「極道」は(1)悪事を行うこと、またはその人(2)放蕩(ほうとう)をすること、または放蕩者(3)人をののしっていう言葉−の意味。ちなみに「極道」と書いて「きわめみち」と読むには送り仮名の「め」が必要で、広辞苑にそうした読み方の取り扱いはない。「道をきわめる」の漢字は「究める」が正しい。

だそうです。

40歳代ですか。少年ジャンプで「私立極道高校」に夢中になってたんでしょうなあ(笑) これ,「極道」と書いて「きわめみち」と読ませるんですよ。

しかし,この教師にその言葉を教えたと言う,恩師も阿呆だ。阿呆が馬鹿を教え育て,その馬鹿が次の世代のバカを育てるという。そういう話。だろうか。

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コメント

学問は道です。
飲む打つ買うは、道楽です。

学びてときに習うまた楽しからずや。
学問も道楽ではないでしょうか。

見ざる言わざる聞かざる、という禁欲的な立場からいえば、余計なことをいって、ひとびとを惑わすのが学者でしょう。

「批判的学問の終焉」を唱えたファッショ的新宗教がありました。

なるほど、バチカンにとってはコペルニクスやガリレオは邪魔な奴だったことでしょう。
学問を究めると、極道より始末が悪い。

投稿: じじい50 | 2005/04/08 16:34

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