« 敬語に関する調査 | トップページ | 履修不足の後始末 »

2006/10/31

「いじめ」認め,謝罪へ

村山談話なんかと同じで,こういう「謝罪」はかえって不誠実だと思う。
最近の新聞テレビなどの報道を見ていて,気になるのは,「言葉によるいじめ」なるものを過大に取り上げてはいないかという点だ。物理的な暴力によるいじめとか,従わなければ物理的な被害を予測させるような言葉なんていうのは直観的に「いじめ」なんだと思う。でも,言葉によるいじめなんていうのは人により受け止め方は様々なんであって。

リンク: Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <岐阜中2自殺>学校側「いじめ」認める 遺族に謝罪へ.

 岐阜県瑞浪市の市立瑞浪中学2年の少女(14)が今月23日に自殺した問題で、学校側は31日、自殺の原因はいじめだったとする結論をまとめた。同日午後にも記者会見して公表し、校長らが近く遺族に謝罪する方針。
 遺族によると、少女は所属していたバスケットボールクラブのチームメートから、無視されたり「ウザイ」と言われるなどの嫌がらせを受け、学校側も自殺直後にはその事実を認めていたという。しかし、その後の会見では、佐々木喜三夫校長が「からかう発言はいじめに当たると思うが、自殺につながるかは推測の域を出ず、最終的な原因に結び付けられない」などとして「自殺に結び付くいじめの事実はなかった」と因果関係を否定していた。(全文を読む


スポーツ系のクラブ活動で,ミスしたことを笑ったり,いざこざがあったりというのは,いいことではないと思うが,十分起こりうることのような気がする。そういうことがあった時に,指導者と生徒たちの間で,あるいは生徒同士で,何らかのコミュニケーションがとられ,問題が解決され,人間的な成長がえられるというもんじゃなかろうか。その段階に至るためには,「いじめ」問題が起こる前の段階で,人間関係を良好に結ばれていないといけないんだろう。
それはクラブ活動の指導者とか,中学校の責任ももちろん含まれるけど,両親,小学校の教師,あるいは地域全体のすべてに責任がそれぞれある問題なんじゃなかろうか。

そういう諸々のことをすべてすっ飛ばして,頭を下げて,終わったことにしてしまってるように見えちゃうんだよね。

マスコミは学校側の対応の不手際ばかりを言い立てるけど,で,確かにそれは不手際なのかもしれないけど,問題の解決はともかく,とにかく騒ぎたいだけのように見えちゃうのだ。

|

« 敬語に関する調査 | トップページ | 履修不足の後始末 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/37661/12500701

この記事へのトラックバック一覧です: 「いじめ」認め,謝罪へ:

« 敬語に関する調査 | トップページ | 履修不足の後始末 »