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2007/04/24

古森 義久氏 コラム:国が謝るとき

国家が謝るということは通常あり得ない,という話。

リンク: 国家安全保障を考える(第47回)[古森 義久氏]/SAFETY JAPAN [コラム]/日経BP社.

第47回
国が謝るとき
 米国議会が慰安婦問題で日本の首相や政府に謝罪を求める決議案を審議するようになった。安倍晋三首相は訪米に臨み、懸命な対応に努めているようだ。だが決議案が要求するような謝罪を表明すべきか、否か。そもそも一つの主権国家の政府や首相が対外的に謝るという行為はいったいなにを意味するのか。

 国家が謝罪するとはなんなのか。慰安婦問題でまた浮上した「謝罪」について、その基本を考えてみることも必要だろう。(全文を読む


古森さんという方は右翼的なコラムニストってことになるんでしょうね。一般的に,右翼,ないし右翼的とされるメディアは「謝罪の必要なし」,左翼ないし左翼的とされるメディアは「謝罪すべし」という意見みたい。前者はそのほうが欧米からも理解されやすいと主張し,後者は謝罪するのが世界の常識みたいな言い方をし,日本の片隅でぽつねんと暮らしてる僕なんかは,どうしたらいいのかわかんない。
マイクホンダ議員が,日本は謝罪してないって言うんなら,「そうですよね,河野洋平のやったのは,ありゃ謝罪でもなんでもないですよね,即刻取り消します、宮沢発言も村山発言も全部記録抹消します」って言ってあげれば,きっと大喜びしてくれると思うんだけどね。でも,安倍総理を批判する記事を読むと「河野発言を否定した」って言ってんだよね。否定しないんなら,日本は謝罪したということになりそうなんだけど,そうはならないんだな。
河野発言は間違ってましたって言明したらいいんじゃないの。
シーファーに対しても,ニューズウィークやら何やらの記者に対しても,その点をはっきりさせずに,うにゅうにゅ言ってるだけで,なんだか良くわかんない。

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