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2007/07/23

W杯の惨敗から1年

オーストラリア戦についての記事を読んでまわってるうちに,こんな記事を見つけた。
試合前日の記者会見を受けて,W杯の惨敗を振り返っている。
そういうことだったのか。今までこういう解説してる記事ってあったっけ?
#あったかもしれないけど(爆)

リンク: 【サムライ通信】W杯の惨敗から1年。オシムの"自信"  livedoor スポーツ.

 失点シーンよりも、前へ攻め急ぐ選手と、ゴール前にへばりつく選手たちが生み出したスペースの大きさを思った。広大なスペースの真ん中で右往左往しているボランチの福西の姿。一人でふたりの選手をケアしきれない状況が悲しかった。小野や中田(英)はゴールへと向かっていたのだ。そのスペースを面白いように使われ、こぼれ球を拾われ、オーストラリアの波状攻撃が続いた。 ジーコのチーム内では、前への意識の高い欧州組の代表としての中田(英)と福西の対立があった。「確かにボランチが高い位置でプレーして、そこでボールを奪えれば、大きなチャンスになる。しかし、僕は攻守の間に立つ人間として、後ろの声も聞かなくてはいけない」と福西は、ワールドカップ最終予選中から、何度となくそう語っていた。“後ろの選手”である、ディフェンスラインの人間は、福西が近くでプレーすることを望んだいたのだった。ジーコは何も言わなかった。(全文を読む


僕が記憶してるのは,小野の投入シーン。既に1点か2点取られていて,これ以上とられたら,負けが決定的、という状況で小野が投入された。イメージ的には小野は攻撃的な選手だけど,ボランチとしても活躍してたから,当然,守備目的の投入だと思ったら,前のほうに行っちゃって,決定的な失点を喫した。
試合後のインタビューで,小野は守備目的か攻撃目的か明確な指示がなかったといい,DFの中沢から「俺たちがしっかり守るから,お前は攻撃に参加しろ」と言われたともいっていた。

この1年間というのは(そしてこれからしばらくも),結局その差を埋めるための時間だったんだろう。

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