« 久しぶり | トップページ | 612 ブログを続けること »

2013/07/12

あまちゃん

はまってるつもりは毛頭ないんだが、なかなかに深い味わいのあるドラマですよね。
あまちゃんの、周りに対する空気の読めなさというか、他人の痛みに対する無頓着さっていうのは、ある意味彼女の魅力になってる訳です。
最後の最後、彼女自身がそれを自覚させられる時が来るんでしょうか。脚本家はそのような場面を用意していそうな気がします。


|

« 久しぶり | トップページ | 612 ブログを続けること »

コメント

お久しぶりです。
お元気そうでなによりです。

さて、
あまちゃん観てますよ。
じぇじぇじぇって、リアルでは聞いたことないですが、従来からのメディア主導の流行としては珍しく成功していますね。

「母ちゃん! 親孝行できなくて・・・ごめんなさい!」って、アキのオーディションのセリフで春子の心情を代弁するシーンには泣かされるべ。

投稿: Growald | 2013/08/22 17:23

あまロスの後、始まった「ごちそうさん」は第1週の幼いめい子の品の無さ(子役の子が悪いのではなくそういう演出)に打ちひしがれ、見るのをやめようかと思ったが我慢して2週3週と見るうちにハマり、嫁ぎ先での仕打ちとそれに耐え、義姉と義母、そして義妹の心の蟠りを解いていく様に感動したりして、あまロスはすっかりなくなった。

すっかりなくなったあまロスの空気感の中での、紅白歌合戦のあまちゃんネタが少しだけ寒く感じたのだが、潮騒のメモリーのトリ、鈴鹿ひろ美の歌に感動するのであった。

おっさんになったものだ。

投稿: Growald | 2014/01/09 17:09

おっさんになったものだ、といえば
いわゆる従軍慰安婦の強制連行が捏造であったことが広く知れ渡ってきた事も隔世の感。1990年代前半に問題が勃発し、90年代後半には具体的な反論により一部の人は捏造を知る事となったが、当時はソ連崩壊したとはいえ、まだまだ左翼が支配しており、従軍慰安婦問題に反論する事はもちろん、肯定するにしろ言い回しに気を付けなければ糾弾されかねないピリピリした空気であった。そういう意味では、左翼による言論弾圧は最高潮に達していた時期でもある。

年末年始の産経新聞の阿比留記者の河野談話スクープにより、従軍慰安婦強制連行の否定は更に進んだが、それら証拠を無視し従来の説を叫ぶ左翼も存在する。問題が性にまつわるデリケートさに加え、人権やら女性蔑視やら戦争反対やら連想されるすべての分野からちょっかいが入りながら、国内で議論が足踏みしている間に国外ではプロパガンダが浸透して、事実や証拠をもってしても反論が受け入れられにくい状況にまで発展している。ほんと、10年遅かったよな。

ほんと、おっさんになったものだ。

投稿: Growald | 2014/01/16 12:59

飯星景子氏がバラエティ番組に出演されていて、現在の私生活を少し紹介していた。彼女は未婚であるが、彼氏が出来てもすぐに愛想をつかして出て行ってしまう。それは、自分ルールに従わせようとして、それに彼が疲れてしまうという事らしい。

統一教会から命懸けで救い出したお父さんは天国で現状をどう思っているだろうか。わがまま放題で男女の絆を結べず、反省するどころか何か自分の優れた個性か何かのようにテレビで告白する。テレビ業界では恥を晒して金稼ぎをする場合があるが、それは炎上商法として知られている。人の関心を集めると商売になるという事だが、飯星氏がそれを自覚しているのかはわからない。

いや、自覚していなければ尚重症だよね。

投稿: Growald | 2014/02/13 18:20

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/37661/57775046

この記事へのトラックバック一覧です: あまちゃん:

« 久しぶり | トップページ | 612 ブログを続けること »